私たちの教会では、坂井牧師から希望者に、毎朝の御言葉メールが配信されます。祈りの言葉を添えて、火曜日から土曜日まで配信されます。(希望される方は、メールでご連絡ください)。

 

過去の御言葉メールは、こちらのブログですべてご覧いただけます。→ ブログ「日々の御言葉」

 


3月27日金曜日

昨日の配信に、私の敬愛する兄弟が応答してくださり、安田吉三郎先生のローマ書注解の一文を送ってくださいました。

 

ローマ8:32にある「ご自分の御子をさえ惜しまず死に渡された」という表現から、安田先生もまた、創世記22章のイサク奉献の物語を指し示しておられました。

 

そのように、「御子を十字架の死にまで引き渡されたということは、いっさいが私たちのために与えられたことを意味している」と、安田先生は言われます。確かにそうです。

 

神は今や、ご自身を「私たちのために」完全に明け渡してくださっている。

 

そうだとすれば、これはなんということでしょう・・・。なんと畏れ多いことでしょう・・・。

 

神は、万物の創造者、支配者です。すべてのことを「ご自身の栄光のために」要求することができる方。

 

すべての栄光を帰すべき方。この方のために、私たちのすべてをささげるべき方。

 

その方が、今や、ご自身のいっさいを、そのご存在そのものさえも、「私たちのために」差し出してくださっている。ささげてくださっている。

 

それが、イエス・キリストの十字架の死において示された、恐るべき真理としての、神の愛です。

 

そうであるからこそ、この地上のあらゆる力をもってしても、「わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。(ローマ8:39)」

 

8年間、いつも同じことだけを繰り返し申し上げてきました。

 

この、私たちに対する神の愛に満ちた献身と、この神の愛に対する私たちの献身。

 

 

共に祈りましょう。

 

主よ、何度でも、何度でも、ここから出発させていただきます。今日も、あなたの愛を確認させていただきました。今日、どんな一日が待っているか分かりませんが、どんなに心がこわばってしまった時にも、具体的な助けを与えてくださって、魂を励ましてください。あらゆる事柄の中に、あなたの愛のしるしを見出すことのできる、開かれた目をください。