2012年

10月

31日

宗教改革記念日に

10月31日は宗教改革記念日です。

 

1517年のこの日、マルテイン・ルター(1483-1546、ドイツ)が、ヴィッテンベルグ城教会の門扉に「95か条の提題」を張り出し、ローマ教皇庁に公然と抗議しました。この改革運動が全ヨーロッパに広まり、カトリック教会に対してプロテスタント教会が生まれた。

 

このルターが打ち立てた宗教改革の三大原理は、私たち改革派教会を含めたプロテスタント教会すべての共有財産です。

 

それは①聖書のみ。

 

ローマカトリック教会が大切だと教えてきた様々な迷信、伝説、伝承は、魂の救いに必要ではない。必要なのは聖書に記された神の言葉だけだ。聖書のみに忠実な教会であらねばならない。

 

そして、そうやってただ聖書だけを丁寧に読んでいった時に発見したのが

 

②信仰義認の教理。

 

ローマカトリックの教えでは、善行を積み上げることで、罪から救われると言われてきたが、人間というのはどれだけ善行をなしても決して完全に清くはあれない。ただイエス・キリストの恵みによる救いを信じて救いに入れていただくことしかできないし、信じるだけでいい。このことをルターは発見した。こういう信仰義認と、聖書のみ、この二つは有名。

 

でももう一つが忘れられがち。でも、ヨーロッパ世界を根底から覆すのにもっとも威力を発揮したのは、実はこの三つ目の原理なのです。だからもっと思い出されるべき。

 

それは、③万人祭司。

 

どういうことかというと、祭司というのは、人々に代わって神殿でいけにえをささげたり、祈りをとりなしたりする特別な職務として、旧約時代に立てられていました。ローマカトリック教会は、そんな旧約時代をそのまま引きずるようにして、聖職者叙階制度を打ち立てまして、特殊な宗教的身分としての司教・司祭と、一般信徒を区別しました。そして、この司教団を通してでなければ、神様と交流することができないと教えたのです。でも聖書にはそんなことは書いてないとルターは発見したのですね。特別な一握りの祭司階級だけが神様と交流できるなんて、もう古い時代のことであって、イエス・キリストによって開かれた新しい時代においては、すべての人が祭司として、神様と直接交流することができるのだよと、ルターは聖書から発見したのです。

 

それは、信仰においてすべての人間は平等だという発見です。

 

それまでは、ローマ教会の司祭たちが、特殊な宗教的身分として神を独占していました。でも、そんな制度は不必要だ。信仰においてすべての人は平等であって、すべての人がただイエス様だけを通して直接神とつながることができる。こういうすばらしい発見をしたのです。

 

そしてここからがポイントなのですが、そのようにしてすべての人が平等であるということは、すべての人が同じようにイエスの弟子なのであり、神からの使命に生きるようにと召されているということでもあるのです。

 

一部の司祭たちだけがイエスの弟子なのではないのです。あるいは牧師だけが、長老だけが責任があるわけではないのです。キリストに直接つながる私たちすべてが、イエスの十字架の愛に応答する責任があるのであって、神からの使命に生きるようにと一人一人がひとしく召されている。

 

こういう「万人職務」という原理へと、さらに発展していったのです。

 

この万人祭司・万人職務という宗教改革の大発見こそが、私たちの教会形成を考える際の根本原理なのです。

 

これを無視するということであれば、なにもこんな風に教会全体でヴィジョンを確認する必要もありません。キリストの弟子として責任があるのは牧師だけ、あとはみんなお客さんで、牧師がサービスしてくれるものを受けるだけということであれば、牧師だけが神からの使命を確認していればいいのです。

 

でもそうじゃない。信仰においてすべての人が平等なのです。一人一人が、神との一対一の責任ある関係において、信じ、従い、決断し、行動する権利と責任を持っているのです。だからこそ、教会「全員」でヴィジョンを共有することが必要なのです。

 

(10月28日礼拝説教より抜粋)