2013年

7月

09日

唯一の主イエス・キリストを信じる②

 このシュナイダー牧師のエピソードを最初に知ったのは、3年ほど前だったと思います。圧倒される思いがしました。

 

 そして、自分には十分に受け止めきれないで、自分自身の信仰の貧しさ、弱さ、あいまいさを突きつけられた思いで、どのように扱えばいいのか分からないで心の倉庫にしまいこんでしまいました。ただ・・・、倉庫にこの言葉が眠っていることは、いつまでも心から離れないでいました。私にとって、シュナイダー牧師の言葉は、そういう大切な言葉となりました。

 

 今回、この言葉を説教の中で取り上げることは、私にとって大きな覚悟のいることでした。信仰の戦いが要求されるときに、自分もまた、ゆだねられた子どもたちのために、そして、愛する勝田台教会の群れのために、物質的安寧ではなく、永遠の命へと導くためにこそ行動せねばならない。・・・そのような使命感を明確に持ちえたからこそ、この言葉を説教の中で取り上げることができました。

 

 この説教に触れて、「私はそのような信仰はとても持てないと思ってしまった・・」と、ある求道者の女性が応答してくださいました。私は、自分自身が、3年の間、圧倒され、戸惑い続けてきたことをお話しました。そして、信仰の戦いが必要な時には、必ず主が導いてくださいますと、お伝えしました。ただ何より、永遠の命こそが、もっとも大切であり、そこに至る唯一の道は、主イエスを信じ従うという道であることだけは、クリアに覚えていただきたいと願いました。

 

 私自身、群れを永遠の命にまで守り導く牧師としての、自分の弱さ、貧しさ、意気地のなさ、不熱心を恥じ、それを克服したいとの祈りを強く持っています。教会のみなさんからのあつい祈りの支えを必要としています。

 

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