2013年

11月

22日

特定秘密保護法案を憂慮して


◆本質は国家優先 「秘密保護」自民猛進
「知る権利」よりも「知らせない義務」
(2013年11月21日 東京新聞)から抜粋

世論が懸念を示し、内外メディアが警鐘を鳴らしても、政府与党は特定秘密保護法案の成立に猛進している。その底に流れているのは「国家なくして国民なし」の論理だ。ここには主権在民の憲法の精神が抜け落ちている。同じ主張は、自民党の改憲草案にも貫かれている。「改憲が面倒なら、別の手で中身を取る」―。法案にはそうした政府・与党の野望が垣間見える。

「国そのものが揺らいだら、『知る権利』などと言っていられなくなるのだ。そういう意味で、『知らせない義務』は『知る権利』に優先するというのが、私の考えだ」 自民党の石破茂幹事長

 

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この記事にあるように、現在の自民党が目指す国のかたちは、国家の公益・および公の秩序が国民の権利に優先するという、主権在民の憲法精神に反するものです。

 

キリスト者は国家権力そのものを否定するわけではありません。それは、天地万物を支配する王の王なるキリストによって立てられた、代理の支配者であって、その剣の権能は国民生活に安寧と秩序をもたらすために有益であることしばしばです。

 

しかし、そういう国家権力は容易に悪魔化し、その権力維持のために国民を縛りつけ、抑圧・弾圧し、甚大な犠牲と服従を強いるということも、歴史が証明しています。それは、王の王なるキリストの統治の精神とは決定的に異なります。

 

そのようにして国家が暴走を始めるなら、キリスト者は、聖書に示された王の王なるキリストのご意志をこそ尊重し、悪魔的な国家権力に対峙する必要も出てきます。

 

今、強引に成立させようとしている特定秘密保護法。これが成立するならば、情報統制が進み国民の判断能力が著しく損なわれるばかりか、戦前の治安維持法のように機能して、何の悪意も無い国民がスパイとして疑われて、何の理由かも分からず検挙されるということも起こりえると、懸念されています。そのようにして、国民が萎縮し、いよいよ国家権力の暴走に歯止めがかからなくなる・・。

 

繰り返しますが、そんな国家の悪魔化が起こるということは、これまでの人間の歴史、罪人の歴史が証明していることです。それゆえに私は、一人のキリスト者として、この法案成立を憂慮します。

 

また、日本キリスト改革派教会「宣教と社会問題に関する委員会」が、内閣総理大臣宛に提出した、特定秘密保護法案への反対声明は、以下のURLから見ることができます。http://www.ogaki-ch.com/rcj/2013_Himitsu-kougi.pdf